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東京地方裁判所 昭和60年(レ)287号 判決

控訴人

久留米市

右代表者市長

近見敏之

右訴訟代理人弁護士

島村芳見

被控訴人

稲益賢之

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、金一九万二四五四円及びこれに対する昭和五七年六月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じて、これを五分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

控訴人は、久留米市都市計画通町土地区画整理事業(以下「本件土地区画整理事業」という。)の施行者であり、被控訴人は、右土地区画整理事業施行地区内に別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有する者である。

2  控訴人の本件処分

(一) 控訴人は、昭和四六年六月一五日、久留米市東町字今市原五二番の土地(以下「五二番の土地」という。)及び同所五三番一八の土地(以下「五三番一八の土地」という。)について、別紙図面一(以下「図面一」という。)のとおり原地仮換地(以下「当初仮換地」という。)の指定(以下「当初仮換地処分」という。)をした。

(二) 稲益元三郎(以下「元三郎」という。)は、五二番及び五三番一八の各土地を所有していたが(ただし、五三番一八の土地の所有名義は稲益ツル(以下「ツル」という。)であつた。)、昭和二六年一〇月二七日死亡した。元三郎の相続人(子)である被控訴人は、他の相続人を相手方として、福岡家庭裁判所久留米支部に遺産分割の申立て(昭和五一年(家)第二六九号)をし、同裁判所は、昭和五三年一二月一日、右各土地を分割して相続人らがそれぞれ取得する旨の審判(以下「本件審判」という。)をした。そして、右各土地は、昭和五五年二月六日、別紙図面二(以下「図面二」という。)のとおりそれぞれ分筆登記された。

(三) 控訴人は、昭和五六年九月一四日、図面二のとおりの地形及び位置関係にある右各土地について、別紙図面三(以下「図面三」という。)のとおりに変更することを内容とする仮換地指定変更処分(以下「本件処分」という。)を行い、昭和五七年六月三日被控訴人に対してその旨通知した。

3  本件処分の違法性(照応原則違反)

(一) 本件処分後における本件土地の位置、地形、利用状況、環境、地価等の諸条件の劣悪化

(1) 本件処分前の本件土地(以下「従前の本件土地」という。)は、西側公道から奥行36.27メートルの地点に位置していた。しかるに、本件処分によつて図面三に記載の位置に仮換地されたので(以下、これによつて指定された土地を「本件仮換地」という。)その位置は、奥行47.27メートルのところとなつて、右公道から遠ざかつている。

(2) 従前の本件土地の地形は一部凹凸があつたものの、宅地としては良好で居宅の建築が可能であつた。しかるに、本件仮換地は、南北にばかり長くて東西が極端に狭く、そのうえ二つに分かれた各幅員二メートルの無駄な細長い二本の通路があつて、居宅の建築が不可能である。

(3) 従前の本件土地の利用状況は、そのうち、久留米市東町字今市原五三番六〇の土地(以下「五三番六〇の土地」といい、その余の土地についてもこの例による。)の大部分には、ツル所有の車庫が建てられていたが、五二番五の土地の大部分は更地であつたので、被控訴人はこれを自由に利用することができた。ところが、本件仮換地は、その大部分にツル所有の軽量鉄骨造スレート葺の堅固な車庫が建てられていて、ツルらが車庫として使用しているため、被控訴人は、本件仮換地を利用することができなくなつた。

(4) 従前の本件土地の環境は、居宅を五二番五の土地の北側に寄せて建築することによつて、南側に空地を広くとることができ、東側及び南側からの日照も豊富に享受できた。しかるに、本件仮換地は、東側隣地に存する一〇階建マンション及び南側隣地に存する二階建旅館の影響を直接受けるようになり、日当たりが悪くなつたうえ、高層マンションによる風圧、圧迫感、天空の欠如や旅館から発する騒音などにより、環境が劣悪になつた。

(5) 以上のとおり、本件仮換地は、位置、地形、利用状況、環境の諸点において著しく劣悪になつたので、その地価も大幅に低減した。

(二) 他の仮換地との間の指定の不公平さ

(1) 本件審判によつて稲益勲(以下「勲」という。)が取得した別紙物件目録(二)記載の土地(以下「勲所有地」という。)は、本件処分前においては、図面二に記載のとおりの位置に存したが、本件処分によつて、図面三に記載のとおりの位置に変わり西側公道に著しく近づけられた。

(2) 本件処分によつて勲所有地に対して指定された仮換地(以下「勲仮換地」という。)のうち、五二番六の土地は、従前に比べて正方形に近づいて地形が良くなつており、五三番六一の土地も、ツル所有の五三番一八の土地と合筆されて、地形が良くなつた。

(3) 本件処分前の別紙物件目録(三)記載の土地(以下「ツル所有地」という。)は、ツルが所有し、現に居住する家屋番号二二六番の木造瓦葺平家建居宅の敷地となつていたところ、本件処分によつて、ツル所有の五二番四の土地を東側に移動させたことにより、ツルから右居宅の敷地に対する所有権を奪つて、右居宅の同居人にすぎない勲に右敷地部分を取得させた。

4  控訴人の責任

(一) 控訴人の本件土地区画整理事業担当職員(以下「担当職員」という。)である石橋直之(以下「石橋」という。)及び諸藤満(以下「諸藤」という。)は、本件処分を行うに際し、その内容が、土地区画整理法にいう照応原則に反する違法なものであることを知つていた。

(二) 仮にそうでないとしても、前記石橋及び諸藤は、本件処分を行うに際し、本件処分の内容自体から、これが照応原則に反する違法なものであることを知り得べきであつた。

したがつて、控訴人は、被控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基づいて、本件処分によつて被控訴人が被つた後記損害を賠償する義務がある。

5  損害

(一) 被控訴人は、控訴人に対し、違法な本件処分の撤回を求めるため、次のとおり費用を支出するなどして、損害を被つた。

(1) 調査委託費 一万二四八〇円

被控訴人は、東京都在住であるため、久留米市在住の大橋敬司司法書士に本件仮換地図面等の閲覧謄写を依頼せざるを得なかつた。

(2) 意見書作成等のための休業損害

三九万二二五四円

被控訴人は、本件処分の是正方に関する調査及び意見書作成のために弁護士業務を七日間休業することを余儀なくされたところ、被控訴人の昭和五七年分所得額は一六四七万四六一八円であり、右所得を得るための昭和五七年の実働日数は、二九四日であつた。よつて、右七日間の休業損害額は、三九万二二五四円(一六四七万四六一八円÷二九四日×七日)と計算される。

(3) 電話料金 九〇〇〇円

本件処分の是正方に関連して久留米市役所に三回、前記大橋司法書士に六回架電した。

(4) 意見書作成費用及び郵送料

一万三三六〇円

(二) 弁護士費用 一〇万円

被控訴人は、本件処分が違法であることに基づき被つた損害の賠償を求めて本訴を提起したが、弁護士であるので、当初自ら本件訴訟を追行していたところ、原審における被控訴人本人尋問の段階に至つて、原審裁判官より本件は複雑困難な事案であるから訴訟代理人を委任して尋問されたい旨の意向が示されたため、松元光則弁護士に委任して右尋問を実施し、同人に弁護士報酬一五万円を支払つた。このうち一〇万円は、本件処分と相当因果関係にある損害というべきである。

よつて、被控訴人は、控訴人に対し、不法行為に基づき右損害のうち、控訴人から被控訴人に対し請求のあつた本件土地区画整理事業換地清算徴収金二八万四六四〇円と対当額で相殺した残額である二四万二四五四円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年六月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実はすべて認める。

2(一)  同3(一)(1)のうち、本件処分によつて本件土地の位置が従前と比べて西側公道から遠くなつたことは認め、その余の事実は明らかに争わない。(2)の事実は否認する。本件仮換地につき、通路に要する面積が増え、その分居宅に利用できる部分の面積は減少してはいるが、土地の利用上、特に建築基準法上、特段不利とはなつておらず、居宅の建築は十分可能である。(3)のうち、本件仮換地のうち、五三番六〇の土地の大部分にツル所有の車庫が建つていることは認め、その余の事実は否認する。従前の本件土地も従来から駐車場として使用されてきたものであるから、本件処分によつて、土地の利用状況が変わつたことはない。(4)のうち、被控訴人主張の位置にその主張のとおりの建物が建つていることは認め、その余の事実は否認する。(5)は否認する。本件仮換地の方が、従前の本件土地よりも、むしろ地価は若干ながらも上回つてさえいる。

(二)  同(二)の事実は明らかに争わない。

3  同4(一)のうち、石橋及び諸藤が控訴人の担当職員であることは認め、その余の事実は否認する。(二)の事実は否認する。

4  同5(一)の事実は知らない。(二)のうち、被控訴人が松元光則弁護士に本件訴訟を委任したことは認めその余の事実は知らない。

三  抗弁

1  ツルの建物敷地使用権原の不存在(請求原因3(一)(3)に対して)

本件処分当時、ツルは、本件仮換地上の建物の敷地使用権原について、土地区画整理法(以下「法」という。)八五条所定の権利申告の手続をしておらず、したがつて、施行者である控訴人から使用収益部分の指定を受けていなかつたから、ツル所有の前記建物の存在は、被控訴人の本件仮換地に対する使用収益を、何ら妨げるものではない。

2  照応原則違反の判断の基準時(請求原因三(一)(4)に対して)

(一) 請求原因3(一)(4)の一〇階建てマンション及び二階建旅館は、いずれも当初仮換地処分の後に建築されたものである。

(二) 照応原則に違反するか否かの判定時期は、整理事業の開始時であるのが原則であるところ、本件土地区画整理事業の結果住宅地域となることが計画されていた五二番の土地及び五三番一八の土地の周辺に、前記の程度の建物が建築されることは、右事業開始時に予想されていたことである。よつて、右建物の存在を、照応原則に違反するかどうかの判断において斟酌することはできない。

3  換地基準への適合性(請求原因三(一)(5)に対して)

久留米都市計画通町土地区画整理事業換地基準(以下「本件換地基準」という。)二五条二項は、当初仮換地の指定後にその土地を分割しても、分割後の各画地(一筆の土地)の評価には影響を及ぼさないとする趣旨を定めている。ゆえに、本件処分の前後で本件土地の面積が変化していない以上、本件土地の評価(地価)は低減していない。

4  被控訴人ら関係者全員の同意(請求原因3に対して)

被控訴人、勲及びツルら関係者全員は、本件処分に先立つて、同処分のとおりの仮換地指定の変更がなされることに同意した。

5  盲地解消のためのやむをえない措置(請求原因3に対して)

(一) 請求原因2(二)のとおり分筆登記された五二番五及び同番六の各土地は、いわゆる盲地(道路に接しない一筆の土地)であつた。

(二) 本件処分は、五二番五及び同番六の盲地を解消するためになされたものである。

6  過失の不存在(請求原因4(二)に対して)

(一) 控訴人の担当職員であつた栗秋某は、昭和五六年八月ころ、五二番の土地及び五三番一八の土地の登記簿謄本を調査して、五二番の土地が同番四、五、六に、五三番一八の土地が同番一八、六〇、六一にそれぞれ分筆され、被控訴人が本件土地について所有権移転登記をしていること、その余の土地については、依然として、元三郎及びツルの所有名義のままであつたこと、五二番五及び同番六の各土地が直接道路に接していないことを発見した。

(二) そこで石橋及び諸藤は、五二番五及び同番六の各土地が盲地となつているものと判断し、石橋が、同年八月二五日、被控訴人の実弟で当時控訴人の市議会議員であつた勲に対し、図面三を参考として示したうえ、盲地解消について関係権利者間で協議して仮換地指定変更届を出すように要請した。その際、勲は、右分筆と被控訴人の所有権取得の経緯については何らの説明もせず、遺産分割の審判の存在及びその結果についても話さなかつた。そして、石橋が東京在住の被控訴人との協議可能性を質したところ、勲は、被控訴人とは月に二、三回程度連絡があるので支障はない旨述べた。

(三) 勲は、同年九月七日、控訴人に対し、図面三のとおり仮換地の指定を変更する旨の協議が整つたとして、同人及び被控訴人、ツルの署名捺印のある、仮換地指定変更届(以下「本件変更届」という。)を提出した。

(四) 控訴人が、本件処分をしたのは、以上の経緯から、本件処分のとおり仮換地の指定を変更することについて、被控訴人も同意していると信じたためであり、かつ、そう信じるにつき正当な理由があつた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2(一)の事実は明らかに争わない。(二)の事実は否認する。区画整理事業の開始後に生じた状況の変化であつても、それが右事業と無関係の事情に基づくものであれば、仮換地の指定に際して、従前の土地との照応を判断するに当たつては、これを斟酌すべきであり、この理は、仮換地の指定変更に際しても、同様に妥当するというべきである。控訴人指摘の各建物は、いずれも本件土地区画整理事業とは無関係に建築されたものであるから、従前の本件土地との環境の照応を判断するに際して、これを斟酌すべきである。

3  抗弁3のうち、本件換地基準二五条二項の定めがあることは認めるが、その余の事実は否認する。

4  抗弁4の事実は否認する。

5  抗弁5の事実は否認する。五二番五及び同番六の各土地は、おのおのこれと隣接する五三番六〇及び同番六一の各土地と所有者を同じくし、右各二筆の土地を一体とみれば道路に接続しているから、盲地ではなかつた。

6  抗弁6(一)のうち、控訴人主張のとおりの分筆がされ、被控訴人が右主張のとおりの土地を取得したことは認め、五二番五及び同番六の各土地が直接道路に接していなかつたことは否認し、その余の事実は知らない。(二)のうち、石橋及び諸藤が盲地と判断したことは否認し、その余の事実は知らない。(三)及び(四)の事実は否認する。

五  再抗弁(抗弁6に対して)

被控訴人に対する確認の懈怠

(一)  石橋及び諸藤は、当初仮換地の時から、当時元三郎がすでに死亡しており、その相続人が同人の妻ツルと子である被控訴人、勲らであつたこと、五三番一八の土地が、名義上はツルであつたが、実際は元三郎の遺産に含まれることに相続人間で争いがなかつたことを知つていた。

(二)  石橋及び諸藤は、抗弁6(一)の登記簿の調査によつて、被控訴人への所有権移転登記の登記原因が、五二番五の土地については「相続」、五三番六〇の土地については「遺産分割」であることを知つていた。

(三)  本件変更届記載の被控訴人及びツルの氏名は、諸藤が控訴人の女子職員に命じて記載させたもので、被控訴人及びツルの自署ではなかつた。

また、右両名の名下の印影も、実印ではなく三文判によつて顕出されたものであつたうえ、諸藤らは、被控訴人及びツルが右書面に押印するところを現認していなかつた。

加えて、諸藤らが勲から右書面を受領する際にも、控訴人及びツルは立ち会つていなかつた。

(四)  以上(一)ないし(三)の事実のもとでは、石橋及び諸藤としては、勲の説明ないし本件変更届の成立の真正に疑問を抱き、被控訴人に対して電話で問い合わせるなどの確認をすべきであつたのに、右両名はこれを怠り、慢然と勲の説明及び本件変更届の真正を軽信した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁(一)は認める。(二)は否認する。(三)のうち、本件変更届記載の被控訴人らの氏名が自署でなかつたことは否認し、その余の事実は明らかに争わない。(四)のうち、被控訴人に対して確認をしなかつたことは認め、その余の事実は否認する。仮換地指定変更処分は、真実の権利関係の如何を問わず登記簿上の権利者に対してされれば足りるから、遺産分割の事実について調査、照会することは不要である。また、本件変更届の連署者全員に逐一確認することは困難であり、かえつて土地区画整理事業の適切な進行を阻害するから、右の確認をしなかつたことも不相当とはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1(当事者)及び同2(控訴人の本件処分)の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、請求原因3(本件処分の違法性(照応原則違反)の有無)について判断する。

1  法九八条二項、八九条一項によつて、仮換地の際の基準とされている従前の土地との照応とは、同項に定める、仮換地及び従前の土地の地積、土質、水利、利用状況、環境等の諸事情を総合考慮して、指定された仮換地がその従前の土地とおおむね同一条件にあり、かつ、当該土地区画整理施行地区全域にわたるすべての仮換地が大体公平に定められることをいうものと解するのが相当である。このことは、本件のように、五二番の土地と五三番一八の土地につき、仮換地の指定(当初仮換地)がされた後、右各土地が分筆され、所有者を異にするに至つた場合に、右分筆後の各土地に対し、仮換地指定変更の処分を行うときにおいても同じく考慮されねばならないというべきであり、そして、このような場合に、仮換地指定変更処分において照応すべき従前の土地とは、当初仮換地の際における土地ではなく、仮換地指定変更処分の対象となつた従前の土地(右分筆後の土地)をいうものと解するのが相当である。

2  そこで、本件仮換地と従前の土地との前記諸条件の異同について検討する。

(一)  まず、請求原因3(一)(1)(公道に出るまでの距離)のうち、本件処分によつて本件土地の位置が公道から遠くなつたことは当事者間に争いがなく、その余の事実は控訴人が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。右認定事実によれば、本件仮換地は、従前の土地と比べて、西側公道からの距離が一一メートル遠くなつたことが認められる。

(二)  請求原因3(一)(2)(地形の悪化)の事実について検討する。

〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、従前の本件土地は、北縁八メートル、南縁15.42メートル(通路部分を除く)、東縁28.18メートル(通路部分を除く)で、五三番六〇の土地の南端部分が幅員二メートル、長さ約二二メートルの通路となり、西側公道に通じていたこと、本件土地の地形は、五二番五の土地の西側境界にやや凹凸がある(なお、〈証拠〉によると、右凹凸は、同地の西側に設置されているフェンスにほぼ沿つた形であることが認められる。)ものの、全体としてはほぼ長方形に近いといえること、他方、本件仮換地は、北縁約6.85メートル、南縁約12.85メートル、東縁28.18メートルであること、本件仮換地である五二番五及び五三番六〇の各土地の南端部分は、それぞれ幅員二メートル、長さ三六メートル以上の通路とされ、五三番一八と五三番六一の土地を間にはさむ形で西側公道へ通じていること、通路部分を除く本件仮換地の五二番五の土地の地形は、長方形ではあるが南北方向にばかり長くて東西方向が極端に狭いことを認めることができる。これを見るに、従前の本件土地(通路部分を除く)は、全体として、東西方向及び南北方向の周縁の長さもほぼ均衡がとれているといえ、居宅建築に十分適する地形であつたといえる。しかるに、本件仮換地(同前)は、五二番五の土地が南北方向に伸びた細長い地形になつており、そのうえ、各土地の南端に幅員二メートルの二本の細長い別々の通路がついているところ、これらが接着して実際上幅員四メートルの一本の通路をなしているわけでもないから、五二番五の土地と五三番六〇の土地とが同一所有者に属している限り、そのいずれか一本は全く無駄なものである。それにもかかわらず、右両通路の合計面積は、少なくとも約一五四平方メートルを下らないと計算され、本件仮換地の合計面積(約三四〇平方メートル)の実に四五パーセントあまりを占めていて、従前の本件土地における通路部分の面積が、約四四平方メートルにすぎなかつたのと比較すると、確かに全体の面積には増減はないものの、従前の本件土地に比べて、実際に居宅の敷地として利用可能な面積は著しく減少していることが認められる。

以上の認定判断によれば、本件仮換地の地形からみておよそ居宅の建築が不可能であるとまでは認められないが、本件処分によつて、居宅敷地としての本件土地の地形は大幅に悪化させれられたものということができる。

(三)  請求原因3(一)(3)(地上建物の存在)の事実について検討する。

〈証拠〉によれば、従前の本件土地のうち、五三番六〇の土地の大部分にツル所有の当時の家屋番号五二―三の軽量鉄骨造スレート葺平屋建車庫(以下「五二―三の車庫」といい、その余の建物についてもこの例による。)が建てられており、五二番五の土地の北側端部分は、同人所有の当時の家屋番号五二―二の木造瓦葺平家建居宅及び当時の家屋番号五二―一の軽量鉄骨造スレート葺平家建車庫の敷地の一部となつているが、同地のその余の部分上には、何らの建築物も設けられていないこと、これに対して本件仮換地のうち、五二番五の土地は、ほぼ全域が五二―一の車庫の敷地となり、わずかに通路部分を含む若干の土地が空地となつているにすぎず、五三番六〇の土地に至つては、その東側部分は五二―一の車庫の敷地となり、その余の部分は通路部分を含めてほぼ全面にわたり、五二―三の車庫の敷地となつていて、ほとんど空地がないことが認められる(右事実のうち、本件処分後の五三番六〇の土地の大部分がツル所有の車庫の敷地となつていることは、当事者間に争いがない)。

もつとも、〈証拠〉及び原審証人石橋直之の証言(以下「石橋証言」という。)によれば、従前の本件土地の五二番五の土地の更地部分についても、従来から駐車場としての使用がされていたことが認められる。しかし、同じ駐車場としての使用といつても、その上に建築物が存在するのとそうでないのとでは、土地の利用状況としては大きく異なるから、右事実をもつて、本件処分の前後で本件土地の利用状況が変わつていないということはできない。

そこで、抗弁1(ツルの建物敷地使用権原)について検討するに、なるほど、仮換地について使用権原を有し、又は有することとなつた者は、法八五条所定の権利申告手続をして施行者から使用収益部分の指定を受けるまでは、当該仮換地について仮換地の指定を受けた者との関係においても、当該仮換地の使用権原を認められないことは、控訴人の主張するとおりである。しかし、他方、右権利申告手続は、換地処分が終了するまでの間は原則としていつでも行うことができ、これに応じて施行者から使用収益部分の指定がなされさえすれば(ただし、仮換地処分前から従前の土地または仮換地について使用権原を有していたことを前提とする。)、右権原をもつて、仮換地の指定を受けた所有者に対抗することができるに至るものである。また、換地処分の終了後には、右権利申告がなくても、従前存在した使用権原は、換地上に存続すると解される(最判昭和五二年一月二〇日・民集三一巻一号一頁)。したがつて、権利申告手続がなされていないという一事をもつて、ツルの敷地使用権原(もともと同人がかかる権原を有していたかは留保する。)が消滅するものと速断することはできないから、抗弁1は主張自体失当というほかない。

また、仮にツルが敷地使用権原を有していなかつたとしても、右建築物が本件仮換地上に存在している以上、ツルが任意にその収去に応じない限り、被控訴人は、裁判その他の手続によつて、その収去を求めざるを得ないという意味において、少なくとも事実上、被控訴人の本件仮換地に対する使用収益が妨げられることは、容易に推測できるところであるから、この点からも、抗弁1は失当といわざるをえない。

(四)  請求原因三(一)(5)(地価の低減)の事実について検討する。

前記(一)ないし(三)の事実によれば、本件仮換地は、従前の本件土地と比較して、公道から遠くなり、地形、利用状況とも居宅を建てるには著しく不便となつていることが認められ、この事実に照らせば、本件土地の地価は、本件処分によつて少なからず低減したものと推認することができる。もつとも、〈証拠〉によれば、財団法人福岡土地区画整理協会が、昭和六〇年二月一四日付で控訴人宛にした、従前の本件土地の評価と本件仮換地の評価とを比較すると、むしろ若干(三三万円程)、本件仮換地の評価額が増加することが認められる。しかし、諸藤証言によれば、これは、土地が地形上整形か不整形かの観点から評価したのみであつて、土地に建築物が存するか否か、存することによつて、現実の利用状況に影響を与えるものか否かを度外視して単に更地として評価したことによるものであることが認められ、また、〈証拠〉によれば、従前の本件土地の五二番五の土地については不整形地として減価する傍ら、本件仮換地については、二本の通路を合わせると計算上間口が四メートルとなることを重視して評価していることが認められ、その評価方法において適切であるとはいい難いので、〈証拠〉の記載は前記認定の妨げとなるものとはいえず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そこで、抗弁3(換地基準への適合性)について検討する。

〈証拠〉によれば、本件処分をするにつき依拠したと認められる本件換地基準二五条二項には、「換地設計後の分割及び合併により変動した画地各筆の評価は変動の如何にかかわらず、前項により評価した画地各筆の平方米当たり指数及び画地各筆の評価指数によるものとする。」と定められ、また、同条一項には、「画地各筆は原則として一筆を単位として評価するものとする。(以下略)」と定められているところ、土地区画整理事業の円滑化と権利関係者の利益保護との調和という見地からすると、右規定は、換地計画後に画地が分割された場合の分割後の画地の評価指数について、分割後の各画地の評価指数の合計が、分割前の画地の評価指数に符号するように按分して定められるべきことを定めたにすぎないものと解すべきである。したがつて、右規定について、分割によつて生じた差異を全く度外視して、換地設計時(当初仮換地時)の評価指数をそのまま用いてよいとしたものとする控訴人の解釈は、画地所有者の利益を不当に害するもの(特に、法八二条によつて、必要がある場合には所有者の意思と無関係に施行者においてかかる分割をすることができることを考慮すると、その不当性は明らかである。)であるし、所有権についての変動に関しては、権利申告を要することなく当然にこれを顧慮しようとする法八五条の趣旨にも沿わないので、採用することはできない。

よつて、控訴人の主張は、右規定の解釈を謝つたものてあつて、抗弁3は主張自体失当といわざるをえない。

(五)  以上(一)ないし(四)の認定判断に照らすと、その余の請求原因3(一)の事実について判断するまでもなく、本件仮換地の諸条件は、従前の本件土地と比較して、大幅に劣悪化したものといえる。

3  更に、請求原因3(二)(本件仮換地と他の仮換地(特に勲所有地に対するもの)との間の指定の不公平さ)について判断するに、請求原因3(二)(1)(勲所有地の公道への接近)、同(2)(勲所有地の地形の良好化)、同(3)(勲のツル所有居宅敷地部分取得)の各事実は控訴人が明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

右の事実によれば、勲は、本件処分によつて、公道近くに比較的地形の良い土地を取得して、地価の上昇という恩恵を享受すると推認される半面、ツルは、五三番一八の土地を勲所有の同番六一の土地と合筆されてしまううえ、ツルが所有し、現に居住している家屋番号二二六番の居宅の敷地である五二番四の土地が東側に移動することになつて、同居宅は、勲所有の五二番六の土地上に存することとなり、不利益を受けることが認められる。

4 以上の事実を総合すると、本件処分は、他に特段の事情も認められないのに、本件土地を、図面二に記載の位置、地形から同三に記載の位置、地形に変更するものであつて、これによつて従前の本件土地と本件仮換地との間では、面積の点はともかく、位置、地形、利用状況において著しく異なることになり、他方、勲所有地は、本件処分によつて位置、地形、利用状況とも格段に良くなつているのであつて、土地区画整理事業の目的が宅地の利用の増進を図ることにもあること、照応原則が換地処分の本質に根ざす基本的な原則であり、しかも当該土地区画整理施行地区内にある土地相互間の公平な取扱いをも要請するものであることにかんがみると、本件処分は、従前の本件土地との照応を欠く違法な処分であるといわなければならない。

5  抗弁4(被控訴人ら関係者全員の同意)について判断する。

照応原則に違反する内容の仮換地指定処分であつても、そのような指定をなすことについて関係当事者全員に合意が成立したときには、照応原則の要請も関係者間の公平を図り、その利益を保護することにその主眼があるものと考えられるから、右合意のとおりの指定を認めることが公益に反するとか土地区画整理事業の進行を妨げる等の特段の事情がない限り、右違法は治癒されるものと解される。

甲第五号証(本件仮換地指定変更届)には、勲及び被控訴人、ツルの氏名住所が記載され、氏名の横にそれぞれ「稲益」と刻した印が押捺されているが、石橋証言及び本人尋問の結果によれば、右三名の住所氏名は予め控訴人の女子職員が記入したもので、同人らの自署ではないこと、被控訴人氏名の横に存する印影は、被控訴人の印章によるものではないし、被控訴人が自ら押捺したことによつて顕出されたものでも、第三者に右押捺を承諾したことによるものでもないことが認められるから、同号証のうち、少なくとも被控訴人によつて、作成されたと主張される部分の成立は認められないものといえる。よつて、同号証は採用できず、他に被控訴人の同意を認めるに足りる証拠がないから、その余の事実について判断するまでもなく、抗弁4は理由がない。

6  抗弁5(盲地解消のためのやむをえない措置)について判断する。

〈証拠〉によれば、控訴人が本件処分を行うに当たつて依拠したと認められる本件換地基準二条一項(4)及び(1)によれば、盲地とは道路に接しない一筆地をいう旨定義されていることが認められ、盲地かどうかは一筆の土地を単位として判断されることとされているのであつてこの定義によれば、五二番五及び同番六の各土地は、盲地であるということができる。

しかし、仮に本件処分が盲地解消を目的としてされたものとしても、その一事のみをもつて、照応原則違反の違法性が治癒されるものとみることはできず、盲地解消の必要性は、結局、照応原則への適合性を判断する際の一資料として考慮されるにすぎない。しかるところ、本件においては、わざわざ五二番六の土地(勲所有地の一部)を一番奥(東側)から西側公道近くに移したり、本件仮換地について、ことさら隔たつた位置に通路を設置したり、五三番一八と同番六一を合筆したりしなければならない必要性は到底見出し難く、図面二から図面三に位置、地形を変更しなければならなかつたとする合理的根拠は認められない。これに反する石橋の原審における供述は採用できない。したがつて、右事実のみでは本件処分の違法性を否定するには足りず、抗弁5は失当である。

7  以上のとおりであるから、控訴人の本件処分は、照応原則に違反する違法なものであり、その違法性は治癒されていないといわざるを得ない。

三請求原因4(二)(控訴人の過失責任)について判断する。

1  石橋、諸藤が控訴人の担当職員であつたことは当事者間に争いがなく、本件処分が違法なものであることは前示認定判断のとおりであるから、同人らにおいて本件処分が違法なものでないと信じたことにつき相当と認められる特段の理由がない限り、同人らには本件処分を行うに当たり過失があつたものというべきである。

2  そこで、抗弁6(かかる特段の理由の存在)について判断する。

(一)  〈証拠〉によれば次の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 控訴人の建築部都市計画課清算係の係員栗秋某は、昭和五六年八月六日、登記簿謄本及び字図を閲覧して、当初仮換地が請求原因2(二)のとおりに分筆され、五二番五、五三番六〇の各土地については被控訴人に所有権移転登記がされていること、五二番五及び同番六の各土地が直接道路に接していないことを発見し、前記係の係長である諸藤と同係員である石橋に報告した(以上のうち、右のとおりに分筆がなされ、被控訴人が五二番五及び五三番六〇の各土地につき所有権移転登記をしていたことは、当事者間に争いがない。)。

(2) 諸藤及び石橋は、右五二番五及び同番六の各土地が盲地となつていると判断し、同月一〇日、被控訴人の実弟で当時控訴人の市会議員であつた勲を市議会事務局へ訪ね、盲地解消を申し入れたところ、勲から控訴人の方で案を出してほしい旨の要望があつた。そこで、石橋が諸藤の指示に基づいて図面三のとおりの分筆案を作成したうえ、同月二五日ころ、これを仮換地指定変更届及び清算金について異議を述べない旨の念書の各用紙と共に勲方へ持参し、この案で相続人間で協議して、右変更届及び念書を出してほしい旨依頼した。その際、石橋が東京在住の被控訴人との協議の可能性を質したところ、勲は、被控訴人とは月二、三回程度連絡があるので支障はない旨述べた。

(3) 石橋は、同年九月七日、勲宅へ赴いて勲の妻である稲益カツキから、勲及び被控訴人、ツルの各氏名の右にそれぞれ「稲益」の捺印のある本件変更届及び念書を受け取つた。その場には勲及び諸藤も同席していた。

以上の認定判断によれば、諸藤及び石橋は、被控訴人の弟であり、市会議員という一定の地位を有する者でもある勲が、被控訴人及びツルも同意しているかのように振る舞つたのを信じて、関係者の同意がある以上照応原則に拘泥する必要は薄いとの認識のもとに本件処分を行つたものと見られないではなく、一見、本件処分が違法なものでないと信じたことについて相当な理由があるようにも見えなくはない。

(二)  しかし他方、再抗弁(一)(当初仮換地時点における元三郎の死亡及び被控訴人らがその相続人であることなどの知悉)の事実は当事者間に争いがない。また、同(三)(本件変更届の成立を疑うべき事情)のうち、右変更届記載の被控訴人、ツル及び勲の氏名は、諸藤が部下の女子職員に命じて予め書かせたもので、前記三名の自署でなかつたことが、諸藤及び石橋の証言によつて認められ、その余の事実は控訴人が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

更に、〈証拠〉によれば、同(二)(被控訴人の所有権移転登記原因が五二番五の土地については「相続」、五三番六〇の土地については「遺産分割」であることの知悉)の事実を認めることができる。

原審証人諸藤の供述中には登記原因については前記栗秋から報告を受けておらず、知らなかつた旨の部分があるが、同人も、通常部下が登記簿を閲覧する場合には登記原因も書いてくることは認めているうえ、石橋証人が明確に石橋自身は右登記原因を知つていたことを認めていることにも照らすと、諸藤の右供述部分は採用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、諸藤及び石橋は、本件処分に係る各土地が元三郎の遺産であつたこと、元三郎が既に死亡していたこと、被控訴人、勲及びツルが同人の相続人であつたところ、右土地が分筆され、内二筆についてそれぞれ「相続」、「遺産分割」を登記原因として被控訴人に対する移転登記がなされていたことを知悉していたということができ、かかる状況においては、右分筆の前提として、前記三名の間で遺産分割がなされたことを了知すべきであり、また、容易にこれを了知することができたと認められる。したがつて、右両名としては、当然、元三郎及びツル名義のままになつている各土地についても他の相続人の所有に確定していることを予想し、被控訴人に対して、電話等で右分筆の原因について照会すべきであつたというべきである。そのうえ、勲から提出された本件変更届記載の被控訴人の住所氏名が同人の自署ではないことを右両名は知悉しており、名下の印影も実印ではなくていわゆる三文判であることも一見して看取できるものであつたうえ、もとより被控訴人が自ら押捺するところも現認していなかつたのであるから、右両名としては、本件変更届の成立の真正に疑念を抱き、被控訴人に確認すべきであつたというべきである。しかるに、右両名は、被控訴人に対して右の確認をしないまま(右確認をしなかつたことは当事者間に争いがない。)、勲の説明や本件変更届を軽信して本件処分を行つたものであるから、右両名において本件処分が違法なものではないと信じたことにつき、相当な理由があるとはいい難い。

控訴人は、仮換地指定変更処分は、真実の権利関係の如何を問わず登記簿上の権利者に対してなされれば足りるから、控訴人としては登記簿さえ調査すれば十分であり、被控訴人に対する照会などは不要であると主張する。

しかし、控訴人の右主張は、本件処分が照応原則に違反しないことを前提としてのみ成り立つものであるから、本件では前提を欠き失当といわざるを得ない。そもそも、本件で、いわゆる台帳主義を徹底させようとするのであれば、ツル及び被控訴人とこそ協議すべきであつたのに、登記簿上全く名前の現われていない勲のみを交渉の相手方に選んだところからすれば、むしろ控訴人自らも実体的権利関係に従つて処理しようとしたものと認められるから、かかる主張はなしえないものというべきである。

また、控訴人は、仮換地指定変更届の連署者全員に遂一確認することは困難で、事業の適切な進行を阻害するとも主張する。なるほど、一般的にあらゆる場合においてかかる確認を要求するとすれば、控訴人の主張にも首肯できるところがないではない。しかし、前記認定判断によれば、本件においては、かかる確認を必要とすべき特別の疑いが存していたものといえるから、控訴人の右主張は本件の場合には妥当せず、採用することができない。

(三)  以上のとおりであるから、結局、諸藤及び石橋が本件処分を違法でないと信じたことに相当な理由を認めることはできず、同人らには本件処分を行つたことについて過失が認められる。

四以上一ないし三の認定判断によれば、本件処分は、控訴人の土地区画整理事業担当職員であつた諸藤及び石橋の過失に基づく違法なものであると認められるから、控訴人は、国家賠償法一条一項に基づき、本件処分によつて被控訴人が被つた後記損害を賠償する義務がある。

五そこで、請求原因5(損害)について判断する。

(一)  同5(一)(本件処分の撤回を求めるために被つた損害)について検討する。

(1)  調査委託費

〈証拠〉によれば、被控訴人は、東京在住の弁護士であるため、久留米市在住の大橋敬司司法書士に控訴人方に存する換地計画書、仮換地指定変更通知書等の謄写及び送付を依頼せざるを得ず、その謄写料等として一万二四八〇円を支払つたことが認められ、これに反する証拠はない。

(2)  意見書作成等のための休業損害

本人尋問の結果によれば、被控訴人は、本件に関する調査及び意見書作成のために昭和五七年五月二八日から六月八日まで正味七日間の弁護士業の休業を余儀なくさせられたこと、被控訴人の昭和五七年の実働日数は二九四日であつたことが認められ、また、官公署作成部分について成立に争いがなく、〈証拠〉によれば、同年分の被控訴人の所得金額は一六四七万四六一八円であつたことが認められ、これに反する証拠はない。そうすると、被控訴人は、右七日間について三九万二二五四円の休業損害を被つたものと認めることができる。

(3)  電話料金

〈証拠〉によれば、被控訴人は、本件に関して久留米市役所へ四回、前記大橋敬司司法書士に六回にわたり架電したこと、一回当たりの平均通話時間は約五分であつたこと、昭和五七年六月当時の東京・久留米間の昼間の電話料金は、一分当たり二〇〇円であつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。これによれば、被控訴人は、本件に関して少なくとも九〇〇〇円を下らない電話料金を支出したものといえる。

(4)  意見書作成費用及び郵送料

〈証拠〉によれば、被控訴人は、本件についての意見書等の作成に一万二一三〇円を、これらの郵送に一二三〇円をそれぞれ支出したことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(5)  以上の事実によれば、右(1)ないし(4)は、本件処分を撤回させるために要する行為であつたというべきであるから、右は、本件処分によつて被つた被控訴人の損害であると認めることができる。

(二)  請求原因5(二)(弁護士費用)について検討する。

被控訴人が本件訴訟を松元光則弁護士に委任したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人が本件処分の撤回を求めるために要した費用及び休業損害の賠償を控訴人に請求したところ、控訴人はこれに応じることを拒否したこと、そのため被控訴人は本件訴訟の提起を余儀なくされたこと、被控訴人は弁護士であるので、当初は自ら本件訴訟を遂行していたこと、しかるところ、被控訴人本人尋問の段階になつて、原審の担当裁判官から本件は複雑困難な事件だから、訴訟代理人を委任して尋問されたい旨の意向が示されたこと、被控訴人が松元光則弁護士に本件を委任したのはそのためであること、しかしながら、同弁護士が原審法廷に出頭したのは一回だけで、被控訴人の本人尋問を行つたにすぎないこと、被控訴人は、同弁護士に対し、着手金、報酬、交通費として合計一五万円を支払つたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

以上の諸般の事情に併せて当裁判所の認容額などを考慮すると、被控訴人が松元弁護士に支払つた一五万円のうち、本件処分と相当因果関係があるものとして被控訴人が控訴人に対して賠償を請求することができる弁護士費用の額は、五万円が相当である。

六以上のとおりであつて、被控訴人の損害額は四七万七〇九四円であると認めることができるところ、被控訴人は、そのうち二八万四六四〇円については、被控訴人の控訴人に対する本件土地区画整理事業換地清算徴収金債務と対当額で相殺する旨の意思表示をしたとして、これを控除して請求をしているから、結局被控訴人の請求は、控訴人に対し、一九万二四五四円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年六月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容すべきであり、その余は失当として棄却すべきである。よつて、これと一部結論を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官平手勇治 裁判官後藤邦春 裁判官瀬戸口壯夫)

別紙

別紙

別紙

別紙物件目録(一)

一 久留米市東町字今市原五二番五

宅地 216.78平方メートル

二 同所五三番六〇

宅地 123.95平方メートル

物件目録(二)

一 久留米市東町字今市原五二番六

宅地 229.68平方メートル

二 同所五三番六一

宅地 155.47平方メートル

物件目録(三)

一 久留米市東町字今市原五二番四

宅地 410.75平方メートル

二 同所五三番一八

宅地 72.99平方メートル

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